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381 :名無しさん@京都板じゃないよ:2008/02/17(日) 12:22:53

神道は民族固有の信仰で、どの民族にもあるもの。宗教というより文化習俗。
一方仏教は宗教そのもの(「宗教」とは元来仏教を指す言葉)。人間の生き方を説いたもの。
そもそも守備範囲が違うので、棲み分けもできるし車の両輪として一体ともなりうる。


+ + + + + + + + + +
1 :名無しさん@京都板じゃないよ:05/02/23 08:17:05

明治に起こった廃仏毀釈、神仏分離で、多くの伝統ある寺院が破壊され、または強制的に神社へと改組されました。
仏教以外にも明治政府の意向に合わない神様をどかされた神社や、淫祠として破壊された祠も数知れず。
一体あれは何だったのか?
そんな廃仏毀釈や神仏分離関連の事柄、史跡などについて語るスレです。

3 :名無しさん@京都板じゃないよ:05/02/23 08:41:53

実名は出さないけど、関東の神社本庁所属の某大規模神社の宮司、
神仏分離は間違いだってかなり強く批判してたな。

4 :名無しさん@京都板じゃないよ:05/02/23 08:46:17

由緒書きでその辺の歴史には触れていない、或いはぼかしている神社も多いよね。
神社にとっては消し去りたい、或いは隠しておきたい過去なのかな?

5 :名無しさん@京都板じゃないよ:05/02/23 09:15:33

痛いところ突かないでやろうぜ!
ただ、最近はしっかりと神仏習合時代の歴史を認め由緒書きの
偽造やめたところも出てきたのも事実。立山とか戸隠とか。

6 :名無しさん@京都板じゃないよ:05/02/23 10:12:24

神職に旧別当は? 
尋ねればよい。

7 :名無しさん@京都板じゃないよ:05/02/23 10:57:46

あとは、ここの本地仏は何ですか?とか聞くのも面白いかも。

8 :名無しさん@京都板じゃないよ:05/02/23 15:38:50

政府は公式に謝罪したことあるの?

9 :名無しさん@京都板じゃないよ:05/02/23 17:46:40

薩長が擁立した天皇が南朝系だとしたら御醍後帝はダキニ天に請願されていたので
廃佛はとんでもないんだろうが。つーか、単に徳川300年を打破して仏門武門政治の
しがらみを一新するための気分転換でしょ、

10 :名無しさん@京都板じゃないよ:05/02/23 17:47:57

寺や仏像を破壊しろなんて命じた覚えのない政府はね、「神仏の分離だけ命じたのにブッ壊しちゃイヤン」ってことで古社寺保護法を作ったんだよ。
政府が出したのは「神仏分離令」であって「廃仏棄釈令」ではないからね。
国学者や一部の神道バカが勝手に誤解して破壊を始めたんだよ。
結果、多くの寺宝のみならず社宝までも消失した。 

 
17 :名無しさん@京都板じゃないよ:05/02/24 13:25:35

>>10

どうも江戸時代から「葬式仏教」に対する批判てのが庶民にもあって、
それが爆発したってのもあるらしい。

11 :名無しさん@京都板じゃないよ:05/02/23 20:33:46

成田不動尊に対して「これは不動尊(うごかずのみこと)と言う神を祀った神社である」などと難癖を付けて来たらしい。
もう笑うしかないな。(w

12 :名無しさん@京都板じゃないよ:05/02/23 20:45:16

天皇も代々仏教徒で、葬式はずっと仏式でやってきたのにな。
明治になってから突如神式に改められた。

13 :名無しさん@京都板じゃないよ:05/02/23 21:26:20

それで四国遍路の55番なんて本尊が大通智勝如来なんだよう

14 :名無しさん@京都板じゃないよ :05/02/23 23:16:03

新式は絶対に焼かないんだよ、本来は、今の天皇もそう。
物部の呪法に死人を甦らすのってあんけど、DNA工学が発達した現在では
現実味を帯びてもきたな、やっぱユダ系でしょ、


16 :名無しさん@京都板じゃないよ:05/02/23 23:40:15

神田明神の由緒書きには、明治7年から昭和59年まで平将門が末社にどかされていた事に触れていないな。
勅額も(ry

18 :名無しさん@京都板じゃないよ:05/02/24 14:22:14

神仏分離と廃仏毀釈はイコールではないんだよ

19 :名無しさん@京都板じゃないよ:05/02/24 16:58:44

文部科学省の役人の弁解は聞き飽きたんで。

20 :名無しさん@京都板じゃないよ:05/02/25 13:10:32

『廃仏毀釈百年 虐げら続けた仏たち』

佐伯恵達:著
みやざき文庫20
ISBN4-86061-061-1
定価:¥2000+税

これを読むと坊主の味方なんかできなくなるねw
電波ゆんゆん、被害妄想光線出しまくりwwww
誤植・誤認・歪曲のオンパレード、必死なwww

25 :山野野衾 ◆a/lHDs2vKA :05/02/25 17:43:06

僧侶の妻帯は、平安時代初期から存在し、中期には半ば公然と認められてい
ましたからね。別当といえば、横領する者の方が多いというイメージ。
それだけに、堕落した僧侶が制裁を受けたという説話も多い。
神社の由緒についてですが、八坂神社は祇園感神院時代というか牛頭天王の
紹介もしていますが、北野天満宮は無かった事にしていますね。
今でも時々十一面観音の真言で拝んでいる人がいますが。

26 :名無しさん@京都板じゃないよ:05/02/25 19:06:18

ただ、北野天満宮の場合、無かったことにしたってちゃんと
証拠が残ってますね。境内左側に。

27 :名無しさん@京都板じゃないよ:05/02/27 00:26:52

紅葉山東照宮が取り壊されて、跡地に妙な新興宗教の教祖様が居座っているんですけど、なんとかなりませんか?

34 :名無しさん@京都板じゃないよ:05/02/28 09:16:48

>教科書に出て来る神主は近世までまずおりませんし

歴代天皇だって神主だよ。

36 :名無しさん@京都板じゃないよ:05/02/28 22:50:39

泉涌寺
ああ泉涌寺
泉涌寺
。・゚・(ノД`)・゚・。

37 :名無しさん@京都板じゃないよ:05/03/09 21:00:45

伊勢の度会府知事だった橋本実梁は、府内の約60寺に廃寺の願い書を差し出すよう強要。
その際、「まもなく廃寺の官令が出る。そうしたら寺の資産は一切没収だが、今なら私がなんとかする」と大嘘をつく。
騙されてうっかりと願い書をだした寺も多かったが、浄土宗寂照寺を中心とした寺院は、官令が出ない限り廃寺しないと抵抗。
橋本実梁は、明治天皇の伊勢参拝を口実に、参道沿いの寺院は全て取り壊すこととなったと再び大嘘をつく。
知恩院を通じて明治政府に上申した結果、大嘘がばれて寂照寺はことなきをえたが、橋本実梁が罰せられることもなかった。
橋本実梁が徳川家茂に降嫁した皇女・和宮の外戚だったが大きかったらしい。

ちなみに、宝塚歌劇の「武蔵野の露と消ゆとも」は橋本実梁を主人公としている。内容は皇女・和宮と愛を描いた幕末悲話。

39 :名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/05(火) 11:53:19

廃仏毀釈のせいでたくさんの美術品が海外流出しちゃったよ・・・('・ω・`)ショボーン

40 :名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/07(木) 17:14:13

ぜんぜん盛り上がっておらんなー

近所の神社は元、仁和寺の末寺で平安時代から続いていたが、廃仏で廃寺に。
そしてそこの宮司さんは修験の末裔。

宮司さんに「廃仏の折、本尊さんは捨ててしまったんですか?」と尋ねたら、
「捨てれるわけが無いでしょう。大事な仏様は隠して、たいしたことの無いのを捨てました」
とのこと。
今も、大切に祀られているそうです。

隠れキリシタンならぬ、隠れ仏教徒に感動しました。

46 :名無しさん@京都板じゃないよ:2005/08/11(木) 14:43:44

とりあえずアゲマス

神仏分離令ばかりでなく、神社統合令もまた政府による宗教弾圧。
神道の人は過去の神社統合令とか政府による神道支配(国家神道)をどう認識してるのかね?
神社本庁のホームページでは分からない・・
神道もまた被害者であると思うけど・・・
ついでに廃仏毀釈はどう思っているのだろうか?仕方の無いこととか・・自業自得だとか・・・
まだ唐こころを捨てて・・・と思っている人はいるのだろうか?

47 :名無しさん@京都板じゃないよ:2005/08/21(日) 10:50:27

中国の文化大革命に匹敵する廃仏毀釈を知らない日本人が大杉
百年以上前の出来事だからしょうがないが、「新しい~」にもほとんど触れていない。
明治から日本人の宗教観はおかしくなりはじめ、そこに唯物論が入り込んだ。

朝鮮台湾が日本の植民地支配のお陰で豊かになったように、神道は仏教のお陰で流布、発展できたと言うのに
その大恩を仇で返すとは・・・神社の造営、経営基盤は誰のお陰だ

54 :名無しさん@京都板じゃないよ:2005/08/22(月) 14:02:32

神仏分離令に関わらず、日本の法律は文化、文化財を残すようには出来ていない。
例えば、現在の建築基準法では日本の誇るべき伝統建築はいずれ消えてしまうだろう。
都市部の住宅地では木造での寺社建築は禁止されている。

55 :名無しさん@京都板じゃないよ:2005/09/01(木) 15:05:01

生あるもの必ず滅す、形あるもの必ず砕けんって言葉が仏教にあったと思うけど。

60 :名無しさん@京都板じゃないよ:2005/09/07(水) 12:32:48

こんな板があるてゃ
別の板で
>廃仏は檀家制度に苦しめられた民衆の起こした事

と、廃仏毀釈を市民革命みたいに言うバカがいたが、明治初年に指導者もなしに
起こせるかってーの
民衆をたきつけた田舎神主や国学かぶれの庄屋の息子がいたわけだ。

廃仏毀釈が収まるとすぐさま復興された寺も多かった。
檀家制度に苦しんだ民衆が寺を復興するか?そんだけ支持されていたわけだろ

61 :名無しさん@京都板じゃないよ:2005/09/07(水) 13:27:45

廃物希釈のあとに、指導者もなしに寺を復興できるかってーの
民衆をたきつけた田舎坊主や仏教かぶれの庄屋の息子がいたわけだ。

檀家制度の強制が厚遇が終わると破却された寺も多かった。
檀家制度に親しんだ民衆が寺を破却するか?そんだけ憎まれていたわけだろ


62 :名無しさん@京都板じゃないよ:2005/09/07(水) 13:37:27

檀家制度の苦しみってなに?


63 :名無しさん@京都板じゃないよ:2005/09/07(水) 20:41:40

坊主は憎まれてたんだろ

64 :名無しさん@京都板じゃないよ:2005/09/08(木) 10:19:18

廃仏毀釈は根深い僧侶と神官の争いが原因

一つは経済的社会的理由 身分は僧侶が上、しかも神仏習合の神社の経営は
僧侶が握り、神官の地位は低かった。
そんなわけで神官は坊主が憎かった。

次に、僧侶のほうは漢文が読めて学問があったが、神官は学問がなかった、つまりバカ
そのため論争すると僧侶が勝つ
そんなわけで神官は坊主が憎かった。

現在、宗教関係の大学はバカがおおいのは周知の事実。
ところが国立大学(旧帝大)文学部にはインド哲学科という
仏教研究の場があるのに対し、神道科というのは存在しない。


65 :名無しさん@京都板じゃないよ:2005/09/08(木) 11:48:40

>>64


東京帝国大学にはあったよ。戦後、GHQに潰されただけ

67 :名無しさん@京都板じゃないよ:2005/09/08(木) 12:49:52

戦前ではなくて現在、国立大に神道科がないことに意味がある

72 :名無しさん@京都板じゃないよ:2005/09/14(水) 10:28:37

檀家制度という制度の意味が良く分かっていない。
主に人別帳の管理と宗門改め、言わば戸籍係。

いまでも日本人ならみな戸籍を管理されているだろう?それが苦痛か?
まっ、国籍が違うやつなら管理されることが苦痛か・・・

73 :名無しさん@京都板じゃないよ:2005/09/14(水) 10:30:53

廃仏稀釈にあった寺院は特定の檀家を持たない寺院も多い。
檀家を持たないがゆえに破壊された後、復興されなかった。

74 :名無しさん@京都板じゃないよ:2005/09/14(水) 21:41:15

日本人は本当は仏教が嫌いなんだよ

75 :波木井坊竜尊@日蓮宗葵講@佛所 ◆xd7mxrd9Z6 :2005/09/14(水) 21:43:19

じゃ神道がすきなのか?

77 :名無しさん@京都板じゃないよ:2005/09/14(水) 21:48:13

>>75

かもね。神仏習合が良い例でしょ。
仏教をそのままの形で受け入れることに抵抗があったんだよ。

78 :波木井坊竜尊@日蓮宗葵講@佛所 ◆xd7mxrd9Z6 :2005/09/14(水) 21:51:41


でも日本の歴史の大半は神仏習合で、明治になって無理やり引き剥がした
ものですよ。

それをやったのは国学の連中ですよ。民衆とか大衆じゃあない。

79 :名無しさん@京都板じゃないよ:2005/09/14(水) 22:13:56

神道と仏教の反目は古代にもあったでしょ。曽我氏・物部氏の対立みたいに。
廃仏毀釈って日本の歴史に起こるべくして起きたものだと思いますよ。

81 :名無しさん@京都板じゃないよ:2005/09/17(土) 16:23:21

明治の神仏分離で日本人の宗教観はいびつになった。
そこにカルト的新興宗教の勃発、
本来、カルト的宗教は流行神みたいなもので一時的存在だったのが
宗教法人を獲得して恒常的存在になってしまった
ええじゃないかも天理も金光も同じ穴の狢

83 :名無しさん@京都板じゃないよ:2005/09/18(日) 00:47:19

檀家制度で仏教が骨抜きにされてそれまで本地垂迹説で仏教に抑圧されていた
ヤオヨロズの神々が復活し荒ぶる神々となって仏教に報復したのが廃仏毀釈。

84 :名無しさん@京都板じゃないよ:2005/09/18(日) 10:14:29

檀家制度の弊害はいろいろあったからな。
お布施を渋るとキリシタンとみなされ村八分にされたとか
お堂にいつまでも未納者リストのような名前が張り出されたらしい。
恨まれるような事をやっていたんだから仕方ない。


85 :名無しさん@京都板じゃないよ:2005/09/18(日) 10:46:55

>84
江戸中期の檀家制度を研究しています。
そのような資料があれば紹介してください。


87 :名無しさん@京都板じゃないよ:2005/09/18(日) 12:25:06

>85
84はガセだな
江戸時代の布施は現金ではなく、米だ。
米を布施出来ない家は労働力を提供する。
従って、未納なんてありえない。

90 :名無しさん@京都板じゃないよ:2005/09/18(日) 13:16:17

西本願寺阿弥陀堂の修復費用はどうするんだ?
重文だから国が出さなければならない。つまり税金だ。
神道オタクはまたく、国賊だ。

92 :名無しさん@京都板じゃないよ:2005/09/18(日) 13:58:00

国指定のばあい、半分は国の補助
4分の一は自治体、残りが所有者負担

94 :名無しさん@京都板じゃないよ:2005/09/19(月) 01:06:26

キリシタン統制のための幕府出先機関ってのは
少し前の文芸春秋に出てた。
江戸時代の寺ってかなりエグイことやってたから
廃仏でめちゃされても仕方ない。

95 :名無しさん@京都板じゃないよ:2005/09/19(月) 10:21:44

日本がキリスト教になっていたら・・・

神社は真っ先に焼かれていたであろう。
そしてハロウィンの仮装は日本の古代の神々の成れの果てであると民俗学の
本に書かれていたであろう

東照大権現有難う!
仏教有難う!
あなた方のお陰です


96 :名無しさん@京都板じゃないよ:2005/09/19(月) 10:38:19

既出かもしれませんが、福岡の宮地嶽神社に行ってきました。
奥の宮は古墳内の横穴式石室に江戸時代、不動明王を祀ったもの。
神仏分離で「不動神社」となり、現在は神道形式で不動明王の
祭祀が行われています。神前には御幣・塩・洗い米のお供え。
お灯明とお線香を供えて参詣するのが古来のしきたりだそうです。
仏教のやりかたが受け継がれてるんですね。拝殿内には何体かの
不動明王の像が安置されていました。
ご縁日も二十八日、お不動様の日ですね。御朱印も不動明王の尊影
ですし、ご神体として社務所でうけることのできるお守りなども
不動明王の尊影・梵字の入ってあるのもありました。
日本の神を仏教形式でお祀りするのと逆のパターンで、興味深かったです。

99 :861:2005/09/28(水) 10:09:19

廃仏毀釈の時、仏教美術ばかりでなくそのほかの膨大な文化財が消滅した。

一つには幕藩体制が崩壊しそれまでの古い価値観によって支えられた
美術品が意味を失った。
また、それらの美術品を所有していた諸大名が廃藩置県で国許に
帰ることとなり、そのさい大量に流出したが、新たに東京に入ってきた
薩長など新政府の人間はもともと下級武士のため美術が理解できず
、そのまま海外に売られていった。
その状況に待ったをかけたのがフェノロサ、岡倉天真達だが
実はフェノロサも重要な美術品はこっそり海外に持ち帰っていた・・

111 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/02/08(水) 06:00:37

明治の神仏分離は、日本史上最悪の文化破壊行為であったと思う。
ところがそういう認識を持っている日本人はほとんどいない。
明治以降の日本人にとっては、宗教など二義的なものに成り下がってしまったから、それに対して真剣に異議を唱える者もいない。
「すべてはもう済んだこと」というわけだ。
日本の実質的な文化史は、ほとんど5世紀の仏教伝来より始まる、と言っても決して過言ではない。
神仏習合は、仏教伝来から間もなく始まっている。神と仏を共に崇拝するのは全然矛盾しない、という理論づけも初期から完璧に確立されている。
天皇家も代々仏教徒であったのだ。
明治維新の指導者、明治の為政者たちよ、貴方方は、取り返しのつかない錯誤を犯してしまった。
そして子孫に取り返しのつかない禍根を負わせてしまった・・・・。
おり、以来1500年間、

113 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/02/28(火) 23:08:38

>>111

大嘗祭における即位灌頂
法皇という退位したのちに出家した天皇の尊称
門跡寺というもの
何百年も続いてた仏教信仰を、明治政府が神祇政策でゆがめてしまった。

天皇家は仏教も信奉してたわけなのに、
「天皇家は昔から神道の最高祭祀者」などというヨタ者がいるのも
困ったものだよね。

117 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/03/01(水) 18:08:27

いずれにしても
教科書でも廃仏毀釈はほとんど取り上げていない。
作る会の教科書では逆に肯定的に取り上げてある。
さもあらん
廃仏毀釈を知らない日本人が大杉。

118 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/03/02(木) 12:20:16

>>117

明治政府の宗教政策は怒涛の嵐だよな。
仏像の処分はよく知られているけど、僧侶を神官にしたり、
それまで祀られた神を抹殺して、国家神道にふさわしい祭神にすり替える。
寺院の名称を変えさせる・・・。

仏様も信心してた天子さんを、神道一本にかえてしまったんだから。

119 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/03/02(木) 15:29:48

宮中行事から神道以外の要素を廃したため、大正天皇の即位式は、ものすごく質素だった。
明治天皇の即位式を見たことのある人たちから、あれでは可哀想だと言われたぐらいに。

120 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/03/03(金) 08:13:04

「権現」という言葉は、今ではもう死語になってしまった感があるね。
「権」という漢字には、「仮」という意味がある。
つまり「権現」というのは、「仏の仮の現れ」ということなのだ。
この呼び名も、神仏習合の成果である。
「神々は仏になれずに苦しんでいる存在であるから、これを助ける」
これが神仏習合の基本精神である。
仏教は、そもそもブッダからして、「神々」の存在を認めている。
「仏教は無神論である」という誤解が我国の、特にインテリ層になぜかあるのだが、
それは全くの誤解であり、仏教は原初から多神教的な神々の存在は認めているのだ。
ただし、セム族一神教とは勿論相容れない。言うまでもない。
だからこそ仏教はシナでは多神教の民族宗教である道教と習合したし、日本では同様の神道と習合して受容されていったのだ。

ところが明治政府は、愚かにもこの両者を無理やり引き離し、「神道」と「仏教」という全くの別物として扱うように強制したのだ。
こうなると、理論上、神道か仏教か、どちらか一つを選ばなければならなくなってしまう。
近代以降の日本人の宗教観の混乱と退廃の最大の原因は、神仏分離政策にある、といっても決して間違いではないのではないだろうか?

125 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/03/10(金) 14:19:19

廃仏毀釈、神仏分離と肉食はあまり関係なけど・・・

諏訪の御頭祭で鹿の頭や兎の串刺しを供えていたら、明治になって
それは野蛮であるとの理由で御神饌を変更させられたらしいが
日本全国津々浦々みな伊勢神宮の祭式が基準になった

明治以前の神事を野蛮だと言う一方で敬神崇祖なんて言ったり
明治の人間は自己矛盾にきづかなかったのか?

132 :824:2006/03/14(火) 16:31:11

長崎市の護国神社は隣の諏訪神社に人気を取られて存在感まるでなし。
大村市の護国神社もまた自衛隊駐屯地の近くにあるわりに存在感無し。

両者とも明治の廃仏毀釈で破壊された
徳川幕府とゆかりのある真言宗寺院の跡地に建っている

らしいよ


133 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/03/25(土) 20:39:01

道明天満宮に行ってきた。
ここも元は道明寺
今では道を挟んで神社と寺が建っている。
何でも廃仏毀釈のとき5坊のうち2坊が
神主になって神社にしたそうな。
生きるために必死だったんだね・・・・
でも寺宝のほとんどが神社に移って
寺は不満らしいよ。

135 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/03/26(日) 23:19:12

寺と神社に分かれたところも、対立するんじゃなくて仲良く、歴史とか文化財とか共有しあったらいいのにね。
利権が絡むと大変だろうことはわかるけど。


136 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/03/28(火) 15:26:26

今でも交流しているところはたくさんあるよ

137 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/03/28(火) 20:10:37

>>136

交流例はどこかありますでしょうか?断絶例(秋葉、大山等)の方が多そうですが。

139 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/05/19(金) 09:25:36

僧りょと神職が世界平和祈る 東山・清水寺で献花祭(京都新聞)

 清水寺(京都市東山区)と石清水八幡宮(八幡市)の主催する「国家安泰
世界平和祈願献花祭」が18日、清水寺であり、僧りょと神職が仏前で世界
平和を祈った。
 本堂での献花祭には、京都府神社庁や京都仏教会の関係者約50人が出席
した。導師の森清範・清水寺貫主と斎主の田中恆清・石清水八幡宮宮司が本
尊の十一面千手観音菩薩像の前に対面して着座した。
 境内の音羽の滝の霊水と八幡宮の神水が仏前に供えられた。清水の舞台で
巫女(みこ)が舞を披露。修学旅行生や参拝者も献花した。
 この献花祭は、明治時代の神仏分離以前に、人為的に壊された日本の精神
文化を見直す目的で開かれた。今回で4回目。

140 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/05/19(金) 09:58:51

良いことですね、神仏習合。
大宰府天満宮でも毎年、天台宗僧侶によって法楽が行われています。

141 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/05/19(金) 17:56:02

神仏併合ってのはどうでしょう?

142 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/05/20(土) 19:27:34

併合では多様性が失われるから意味ないかと。
文化は非効率な部分もあるものですから。

大宰府は法楽があるのですか。天神さまは幸せでいらっしゃいますね。

150 :山野野衾 ◆CXSSL1llHI :2006/08/27(日) 23:20:40

近世になると、功績を理由に人を祭神化する動きが出てきますね。
民間では専ら横死者(戦死・病死・事故死など)を死因となった病気などを
つかさどる神として信心していた様ですが。
幕末になると、志士たちの周辺で一般人でも神にしている。

172 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/09/05(火) 08:46:56

「正一位」などは稲荷神の神階をあらわす。社格ではない。
たとえば東大寺大仏建立に際し八幡神が勧請され一品が授けられ比め神には
二品が授けられた。

179 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/09/22(金) 22:21:53

つい最近の話だけど、延暦寺で
大々的に暴力団組長の法事かなんかを
やったそうな。
お布施はたんまり貰ったんだろうねえ。
もう一回、焼き討ちしたほうがいいんじゃないかな?

180 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/09/22(金) 22:41:00

>>178

現代の蘇我かね

181 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/09/22(金) 22:54:23

確かに仏教がなければ大和島根はキリスト教に侵食されてたかもね。
そうなったら多神教の神道がどうなっていたことやら・・・

202 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/10/02(月) 04:52:07

552年:仏教伝来。欽明天皇が群臣にその処遇を問う。
715年:越前国気比大神の託宣により、神宮寺を建立。
**年:宇佐八幡神、八幡大菩薩の号を贈られる。
**年:鹿島の神が仏道に帰依すると託宣。
     満願禅師、神宮寺を建立。
763年:伊勢国桑名郡の多度大神が
     仏道に帰依すると託宣。満願禅師、神宮寺を建立。
**年:伊勢神宮に神宮寺が建てられる。
**年:賀茂大神が仏道に帰依すると託宣。
     岡本堂(神宮寺)を建立。
**年:若狭国若狭彦大神が仏道に帰依すると託宣。
      神願寺(神宮寺)を建立。
貞観年間:賢和(元興寺の僧)、
       近江の奥津島大神の託宣により、神宮寺を建立。


214 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/10/07(土) 22:04:59

近世仏教は、檀那制度とか、宗門改め(耶蘇教対策)とか、幕府行政の
一部って面がつよくなってくるから、よけい中世のような
エネルギーは感じられないわな。

破戒僧の多さとかもあって、江戸庶民から”いらぬもの扱い”(江戸時代の見立番付)だし。

215 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/10/08(日) 10:12:04

廃仏で、とっとと神官に鞍替えした僧侶もいたようですし、
さほど仏教に愛着はなかったと言うか・・生活のためだったのか・・

神官になってその後また出家した人がいれば少しは救いになるような
気がしますね。


216 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/10/08(日) 10:49:49

仏なんて言うのは、さっさと燃やしちゃえばいいんだよ
廃仏棄却おおいに正解。御釈迦様の教えを実践するのを止め
葬式と金儲けに走る坊主の現状から見ればもっともな事だと思う



222 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/10/09(月) 13:15:27

>216
江戸時代というか農地解放まで寺院の収入のほとんどは葬式じゃなくて
所領から上がる年貢米だったんですよ。

大寺院では、その利権をめぐり社僧と神官がしのぎを削っていたわけですね。
どちらとも宗教活動はおろそかだったから、明治に大教院なんかに統合され
ちゃったわけ。だから明治は神道にとっても不幸だったわけだ。
自業自得だけどね。

223 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/10/09(月) 21:49:41

寺も神社も高利貸しやってたもんな。
萬田はんもビックリの金利で。

224 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/10/10(火) 00:28:47

>>222

東京芝の増上寺・大教院ですね。
放火に遭うし潰れちゃて、日本仏教界が停滞してたのは事実だけど
国学者も神道家も口だけで駄目駄目だったのは歴史が証明しちゃってますね。

225 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/10/10(火) 13:01:50

幕末の国学の隆盛は「流行神」みたいなもんですな。
結局、明治になると近代化に逆行するからと衰退。

一方で過激な右翼組織に変貌していった。
元が、尊皇攘夷だからテロはお手の物。
それが昭和まで続いて政治組織になり、
一部はシナ満州で軍部の特務機関と協力して謀略に手を貸す・・・



226 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/10/10(火) 21:54:47

>>225

>元が、尊皇攘夷だからテロはお手の物。
それの本家は国学派じゃなくて、水戸学派だとオモ。

227 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/10/11(水) 09:06:53

熊本の神風連って水戸学?

228 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/10/11(水) 22:05:09

>>225

>幕末の国学の隆盛は「流行神」みたいなもんですな
国学は国語学・史学・歌学・民俗学・日本文学に分科してるじゃん。
とマジレス。

229 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/10/12(木) 00:01:15

>>225-227

幕末の「国学」と言われるものには全く質の異なる2つの要素が
見た目上は混合しているように見えるから注意が必要。
純粋な国学は、比較的素朴な部族社会を表す記紀を読み解くところから
始まっているので、元来そんなに激しい狂った行動力をそもそももたない。
だが、いわゆる水戸学は一見国粋主義の面をしているが、
中身は大義名分論という朱子学つまり儒教そのもの。
一言で言えば日本古来の伝統からは大きく逸脱する「特定アジア思想」だ。
(あと、平田派というものあるが、これには西欧思想の影響が指摘される)
平然とテロを行い、形而上学的正統性に拘って血みどろの思想党争を行い、政治が大好きで、
常に上下の服従関係しか理解できず、そして思想の故郷である特定アジアへの関与が大好き。
どう見ても支那か朝鮮にしか見えません。本当にありがとうござ(ry

230 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/10/12(木) 09:34:34

>国学は国語学・史学・歌学・民俗学・日本文学に分科してるじゃん。
>とマジレス。

それって国学から分化したんじゃないんだけどね・・・
大学に文学部が設置されたいきさつを知らない?
「伝統の発見」はヨーロッパからもたらされたんですけど・・・

確かに戦前右翼の国粋主義は朱子学的だね
本来の国学は専ら、日本にしか目が行っていないから、外国に対しては
無関心(平田は別だが)。
明治の征韓論などは吉田松陰の影響もある。


231 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/10/12(木) 12:45:22

東アジアをだめにしたのが朱子学ってわけだね。
江戸期の日本も朱子学は趣味程度におさえて陽明学や心学の研究者が藩政のブレーン
だったし。

232 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/10/12(木) 17:55:44

日本の朱子学は易姓革命を否定と言うか無視していたから、特殊な朱子学と
言えるのではないでしょうか。

233 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/10/12(木) 20:37:16

>>229

>水戸学は・・・一言で言えば・・・「特定アジア思想」だ。

皇国史観も「特定アジア思想」の一種ですかね?
それならば、納得できることが多いw

243 :山野野衾 ◆CXSSL1llHI :2006/10/13(金) 18:47:45

法隆寺も(聖徳太子を祭神とする?)神社化する可能性があった様ですが、
後に「神仏混淆」と言われた状態であったからこそ、仏と神の間の垣根を
あまり意識せず、仏として祀れなくても神として同じ対象を祀ることが出
来ればいいというのはあったかもしれません。
神の方も同体として信仰していた訳ですから。

某宗派の機関紙などを読んでいると、明治末頃までは僧侶が本地垂迹説を
説き、「神道」国における僧侶と仏教の役割の正当性を主張していますね。
仏への崇敬は即ち神への崇敬であり、「神道」国家には反しないと。
明治も20年頃になると、廃仏・分離のダメージから立ち直ってくる。
とはいえ、制度の面で両者が分けられた後の事、分離以前の記憶を持たな
い世代にはこうした理論は受け継がれなかった様ですが。
大正はまだよく確認しておりませんが、昭和になってからの仏教擁護論に
は本地垂迹説は見えておらず、また神祇と崇敬の対象は同一であるという
主張も消え、仏教は仏教なりに護国をなすものであるとして、「神道」と
は別個の存在であると意識されていた様です(戦前の話)。
つまり、若い世代にはもう「仏教」と「神道」は別物だと認識されていた。

戦前には神道は宗教とは別次元の日本人の基礎である祖霊崇拝(これも平田
や本居あたりから積極的に唱えられた気がしますが)を中心とした思想であ
り、いわゆる「宗教」とは別次元の存在とされていましたが、一部神道家に
は仏教を排撃して「神道」のみを信仰せよという声もあった様です。
十五年戦争も後半になってくると特に目立つ。思想面でも余裕がなくなって
いたというか、仏教も含めて皆グダグダの時期でした。
288 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/04/08(日) 00:15:51

神仏混交復活の妙案はないのかね??

神仏混交することで神社の収入が増えるとか何か方法を考えないと・・・・・・

289 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/04/08(日) 00:53:46

一昔前に比べると神社でも仏教的な行事を行うところ
結構増えてきたんだけどね。
前はやろうとすると神社庁がガタガタうるさかったらしい。

290 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/04/08(日) 00:57:03

昔は一緒だったけど、今は神宮寺と神社と分裂したような所で、一緒に神主と坊さんが出仕して共同で年中行事やるって
のから始めたらどうかな?
真言宗の坊さんも出仕する宇佐八幡のお祭りとか、浅草神社と浅草寺の仲良し関係みたいに。
神社側は寺より収入が少ないんだから色々地域に存在感をアピールできて、出番が増えるだけでも物凄く得するんじゃない?
他にも六字河臨法みたいな昔やってた神仏習合な珍しいお祭りも復活できるだろ?
でも、そのような動きが盛り上がれば盛り上がる程、神社界の一部の勢力が難癖をつけて批判して、神主のネットワークで
険悪ムードを漂わせて妨害すると思うwww
あからさまに否定はしないだろうけどね。
それに対して坊さん界は殆ど賛成すると思う。坊さんは神社にも参拝するし、寺の鎮守は
神様だし、神道を嫌がる宗派は存在しない。
神祗不拝の浄土真宗を除いては・・・。

291 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/04/08(日) 22:04:10

このスレだから神仏(再)融合賛成派も多いんだろうけど、
一般の人は大抵「今さら」感が強いか、もしくは興味無しが大半なんだろうね。

個人的には今さら感が強いなぁ。

295 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/04/16(月) 23:02:33

それより、神宮と大社の分離を厳格にすべきと思う。


365 :名無しさん@京都板じゃないよ:2008/02/12(火) 22:19:15

どうしても破却に応じない住職を
「屋根の修理するから下見しよう」
と本堂の屋根に上らせ、突き落としたなんて話が残ってる@茨城

380 :名無しさん@京都板じゃないよ:2008/02/17(日) 00:11:47

元々神社は氏子が自主的に運営していたアマの組織。
寺は僧侶が運営するプロの組織。神社の祈祷方法も空海が体系化し、祝詞などを整備して明文化した経緯がある。
だから神道と佛教は対立する宗教でなく、一体である。
江戸時代以前は佛教が宗教というより戸籍を初めとする地方自治の末端を担う役所としての機能もあったため、
神社は寺院が管理していた。
神宮寺や別当寺が管轄する寺院であり、神社はそれらの寺の祈祷寺であった。

381 :名無しさん@京都板じゃないよ:2008/02/17(日) 12:22:53

神道は民族固有の信仰で、どの民族にもあるもの。宗教というより文化習俗。
一方仏教は宗教そのもの(「宗教」とは元来仏教を指す言葉)。人間の生き方を説いたもの。
そもそも守備範囲が違うので、棲み分けもできるし車の両輪として一体ともなりうる。

385 :名無しさん@京都板じゃないよ:2008/02/17(日) 15:59:39

日本の神の土地である日本で仏教を布教させてもらういう立場と
寺院をどうかお守り下さいと神に守護を願う風習から
鎮守様といって寺院内に神様が祀ってあるケースがあります


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日本神道はなあ・・・信仰が村落単位なんだよね(村ごとに場所が違うから、その土地に宿る神も別神)

それらの村落・都会単位の信仰のトップが天照大神って話

統計立ってない、戸籍チックなもの。神話は各集落毎に別々にあって、遠い集落同士ではお互い全く関心を持たない

でも各集落内での信仰は強固。何故なら自分達だけの信仰だから。(土地神・祖先神が主要な信仰対象=日常生活に非常に深く関わっている)
外部勢力と協調するにしても敵対するにしても集落単位。

朝廷も、「うちの神様の名前登録して下さい」って届け出があったら位階を割り振るものの、最低限必要な事だけして後は知らぬ存ぜぬ。数多すぎだし
  2008/10/28(Tue) 編集
無題
仏教側の被害妄想って感じが強いな…
つーか「文化大革命にも匹敵する」云々言っている馬鹿がいるけど、その表現は文化大革命での虐殺の被害者に対しても、神道に対しても最低最悪の侮辱だよな。廃仏毀釈で何百万人も死んだとでも思っているのか?
何百年も前から、仏教信者の被害者面する体質は変わってねーのな。
2008/10/28(Tue) 編集
 
  2008/10/28(Tue) 編集
無題
しかし先祖のやったことに責任とらせるわけにもいかんな
それでは特定アジアと同じになってしまう
  2008/10/28(Tue) 編集
 
現在進行形で仏教はヤバイぞ

上層部は既得権益で無駄に贅沢放題

片や末端連中は食うや食わずや。
農村でなら口に糊する程度は出来ただろうが、金が無ければ何も出来ない都会じゃなあ・・・

全国総貨幣経済&全国総都市化の弊害とも言える
2008/10/29(Wed) 編集
無題
全体的に仏教徒の意見が多いのか?
113みたいに神道に関する知識が皆無な人間が被害者面で糾弾するのはいただけない。

神仏混交に価値を見出し、神仏分離を批判するのなら、神道・仏教どちらの知識や思想にも敬意を払い、認めるべきじゃないのか?
名無し 2008/10/30(Thu) 編集
無題
山口輝臣『明治国家と神道』(東京大学出版会、1999)
名無し 2008/11/01(Sat) 編集
無題
嘘もあるなぁ
名無しさん 2008/11/04(Tue) 編集
無題
神も仏も仲良くやってたんだよ
民衆もそれを信仰してたんだよ
っていうんなら廃仏毀釈なんて起こらないだろ
明治政府は神仏分離だけしろって言ったのに
神官と民衆が暴走したんだから
元々神仏習合に問題があってそれが爆発したって事だろ
名無しさん 2008/11/25(Tue) 編集
無題
九州における廃仏棄釈の拠点は薩摩であるが、その影響下にあった現在の宮崎・大分両県内でも、激しい排仏が行われた。伊満福寺(宮崎市)では住持の僧が山上から蹴落とされ、神仏習合の発祥地・国東の富貴寺(大分県豊後高田市)では僧侶が皆殺しに遭って土に埋められたという(佐伯恵達『廃仏毀釈百年』改訂版、鉱脈社)
名無し 2008/11/28(Fri) 編集
無題
なるほど
勉強させていただきました
  2009/07/14(Tue) 編集
無題
神道原理主義者みたいな人ってどんな言いわけしてでも廃仏毀釈を正当化したがるね…
仏様にそんなに怨みがあるのだろうか
名無し 2009/11/01(Sun) 編集
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